一様な電場を加えたとき、原子のエネルギー準位がどのような影響を受けるかを考える(シュタルク効果)。電場 の方向を 方向にとり、エネルギー準位の分裂とエネルギーのずれを求める。このとき、電場の大きさを として
の摂動ハミルトニアンを考えれば良い。計算には波動関数の対称性を使うと良い。
目次
2s,2p 状態について
水素原子の状態は主量子数 , 軌道角運動量の大きさ , その 成分 で指定できる。このように指定された状態を
とする。 は動径方向の関数、 は球面調和関数であった。以下では 状態()について考え、それ以外の状態とは混成しないとする。 ここでの「エネルギーのずれ」とは、電場がないときの非摂動ハミルトニアン のエネルギー固有値 と、 方向の電場により縮退が解けて分裂したエネルギー とのずれである。
空間反転とパリティ
計算にはパリティの対称性を使うので、簡単にまとめておく。 空間反転の演算子 は とする。したがって、 であり、 である。
である。 であり、 と は同時固有状態をもつため、
は の固有値で である。 の固有値は にのみ依存する。したがって、 と は同じパリティであるが、 と は異なるパリティである。
水素原子の状態 (n=2)
動径関数と球面調和関数の具体的な形を用いて、3次元の極座標表示で の波動関数を表すと、
となる。ここで、 はボーア半径である。 における波動関数のパリティ と の値を整理しておく。
+1 | 0 | ||
−1 | 0 | ||
−1 | 1 | ||
−1 | −1 |
摂動ハミルトニアンの行列要素
行列表現
について、上の の4つの状態 を基底として行列で表現し、固有値を求めることでエネルギーのずれを求めることができる。行列を具体的に書いておく。
行列の 成分は
のように計算できる。しかし、上の16個の要素についてこの積分計算を実行するのは大変に見える。しかしながら、以下に説明するように、対称性から上の行列要素のほとんどが0になる。
対称性1: eEz=eErcosθと空間反転
摂動ハミルトニアン と 空間反転 について調べる。結論から言うと、空間反転によって となるので、
が成立する。これは のパリティが同じであれば、 になることを意味する。
空間反転により、 となる。よって、
である。これより、動径関数 は により変化しないので、 を考えれば良い。
「空間反転とパリティ」 に示したように、
である。ここで、固有値は である。 より
よって、
となる。また、状態 に対して
状態 ついて
とする。式(1)から、
となる。これは と のパリティが同じ () とき、行列要素 となることを意味する。たとえば、上に示した表から と はパリティが同じ であるので、その行列要素は となる。
対称性2: eEz=eErcosθとz軸回転
摂動ハミルトニアン と について調べる。 も も 軸周りの回転対称性を持つ。したがって、これらの演算子は交換するので交換関係は
である。これより、 成分である が異なる場合は行列要素が になることがわかる。
* 演算子が交換することは であり、 を用いれば、 となることからわかる。
となる。次に、 は固有関数に を持つので
となる。式(2)から
となる。これは と の 成分が異なる () とき、行列要素 となることを意味する。たとえば、上に示した表から と は の値が異なるので、その行列要素は となる。
0でない行列要素
上の対称性より にならない要素は
- パリティ( の値) が異なる
- 成分 が同じ
である。これを満たす行列要素は のみである。
途中の に関する積分計算は「∫r^n exp(-αr)drの積分」を利用すると早い。
について両辺を 回 で微分して、
を得る。これより、 と置いて計算すればよい。
固有値からエネルギーのずれを計算
固有値・固有関数の計算
以上の結果をまとめて、 を を基底とした行列で表すと
のようになり、対称性よりほとんどの要素がゼロになる。永年方程式より1次の摂動エネルギーに対応する固有値 を求める。
もともと の4つの状態 のエネルギーは縮退していたが、一様な電場による摂動 を受けて、その縮退のうち2つが解ける(シュタルク効果)。つまり、行列の左上ブロックについて、 となり縮退は解けている。
左上ブロック部分の固有関数を の線形結合
とする。このとき、
である。それぞれの固有エネルギーに関して、固有関数を求める。規格化した形で を求めると、
具体的な形で書くと、縮退が解けエネルギーの高くなった固有状態 と低くなった固有状態 はそれぞれ、
である。一方で、行列の右下ブロックについては縮退は解けない(エネルギーのずれ である)。この固有状態 は2重縮退している。縮退しているため、固有関数は の線形結合によって表される。
エネルギー準位の分裂の図示
最後に得られた結果を図示する。はじめ電場のない場合 のときにエネルギーが にあったとする。この状態は の4重に縮退している(図の左)。
方向の一様な電場によって縮退が解ける。このとき、分裂によるエネルギーのずれは上で計算した である(図の右)。
* 1s軌道に対して電場の効果を考える場合、 で を挟んで摂動のエネルギーを計算すればよい。このとき、 と はもちろんパリティが同じなので、
である。よって1次の摂動によるエネルギーのずれは0である。電場によるエネルギーのずれを求めるためには2次の摂動を考えなければならない。