空間反転とパリティ


 原点に対して空間反転の操作を行えば、(x,y,z) にあった座標は (-x,-y,-z) へ移される(原点について点対称)。 これは量子力学などの物理ではパリティ変換(反転)として知られ、空間座標の符号を変換する

 たとえば、原子に一様な電場をかけた場合にエネルギー準位が分裂する(シュタルク効果)を考える際にもこの対称性は使われる。


空間反転

直交座標と極座標の場合について見ていく。


直交座標の成分

空間反転により {\bf r}\to -{\bf r} と変換される。{\bf r} を直交座標系で書くと、空間反転の操作 {\mathcal P} により

    \begin{eqnarray*} \left( \begin{array}{c c c} -x\\ -y\\ -z \end{array} \right) = {\mathcal P}\left( \begin{array}{c c c} x\\ y\\ z \end{array} \right) \end{eqnarray*}

に移される。この操作 {\mathcal P} を3\times3の行列で表現すれば

    \begin{eqnarray*} {\mathcal P}=\left( \begin{array}{c c c} -1&0&0\\ 0&-1&0\\ 0&0&-1 \end{array} \right) \end{eqnarray*}

である。{\rm det}{\mathcal P}=-1 となる。通常の軸周りの回転を表す行列 R_x(\theta), R_y(\theta), R_z(\theta) を組み合わせて {\mathcal P} を作ることはできない。なぜなら、

    \begin{eqnarray*} R_x(\theta)&=&\left( \begin{array}{c c c} 1 & 0 & 0\\ 0 & \cos \theta & -\sin  \theta\\ 0 & \sin  \theta & \cos \theta\\ \end{array} \right)\\ R_y(\theta)&=&\left( \begin{array}{c c c} \cos\theta & 0 & \sin \theta\\ 0 & 1 & 0\\ -\sin \theta & 0 & \cos \theta\\ \end{array} \right)\\ R_z(\theta)&=&\left( \begin{array}{c c c} \cos \theta & -\sin  \theta & 0\\ \sin  \theta & \cos \theta &0\\ 0&0&1 \end{array} \right) \end{eqnarray*}

\det R_i(\theta)=1\quad(i=x,y,z) であるためである。たとえば、直交行列に関して行列式の性質から

    \begin{eqnarray*} {\rm det}[R_xR_yR_z]={\rm det}R_x\cdot {\rm det}R_y \cdot {\rm det}R_z=1 \end{eqnarray*}

となる。


極座標の成分

{\bf r}\to -{\bf r} を極座標表示で表すと

    \begin{eqnarray*} {\bf r}=\left( \begin{array}{c c c} x\\ y\\ z \end{array} \right)= \left( \begin{array}{c c c} r\sin  \theta \cos \phi \\ r\sin  \theta \sin  \phi \\ r \cos \theta \end{array} \right) \to \left( \begin{array}{c c c} -r\sin  \theta \cos \phi \\ -r\sin  \theta \sin  \phi \\ -r \cos \theta \end{array} \right) \end{eqnarray*}

この式から r,\theta,\phi がどのように変換されるか見ていく。そのあとで、図を書いて r,\theta,\phi の関係を見ていく。

空間反転に対してベクトルの大きさ変化しない (|{\bf r}|=|-{\bf r}|) ので r \to r である。次に \theta について見てみると、z 成分について z\to -z でないといけない。r は変化しないので、

    \begin{eqnarray*} \cos\theta \to -\cos \theta \end{eqnarray*}

である。したがって、\theta \to \pi-\theta と変換される。最後に \phi について見ていく。x,y 成分が -x,-y となるためには、

    \begin{eqnarray*} \begin{cases} \cos \phi \to -\cos \phi\\ \sin  \phi \to -\sin  \phi \end{cases} \end{eqnarray*}

でなくてはならない。したがって、\phi \to \phi + \pi となる。

これらの結果をまとめると極座標について

    \begin{eqnarray*} \left( \begin{array}{c c c} r\\\theta\\\phi \end{array} \right)\to \left( \begin{array}{c c c} r\\\pi-\theta\\\pi+\phi \end{array} \right) \end{eqnarray*}

となる。このことを下の図に表した。まず、xy 平面に対して反転操作を行い(左図)、z 軸に対して反時計回りに \pi 回転すれば(右図)、空間反転に対応することが確認できる。この操作はその性質上、 z 軸回転から始めて、xy 平面の反転をとっても同様の結果になる。


パリティ

以下ではパリティ反転(空間座標を反転させる操作)を表す演算子を {\hat{\mathcal P}} とする。つまり、ある関数 f({\bf r}) に対して

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} f({\bf r})= f(-{\bf r}) \quad\cdots(1) \end{eqnarray*}

となる演算子 {\hat{\mathcal P}} について考える。

* 式(1)は固有値方程式ではない。固有値方程式は Af({\bf r})=af({\bf r}) の形で、両辺に現れる関数は同じ形でないといけない。以下では、{\hat{\mathcal P}} の固有値・固有関数を考える。


固有値・固有関数

{\hat{\mathcal P}} の固有値 \alpha を考える。固有関数を \phi_\alpha({\bf r}) とすると

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} \textcolor{red}{\phi_\alpha ({\bf r})} = \alpha \textcolor{red}{\phi_\alpha({\bf r})} \end{eqnarray*}

である。両辺にさらに {\hat{\mathcal P}} を左から作用させて、

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}}^2 \textcolor{red}{\phi_\alpha ({\bf r})} = \alpha {\hat{\mathcal P}}\textcolor{red}{\phi_\alpha({\bf r})}=\alpha^2 \textcolor{red}{\phi_\alpha({\bf r})} \end{eqnarray*}

式(1)より {\hat{\mathcal P}} \phi_\alpha({\bf r})= \phi_\alpha(-{\bf r}) を用いると、左辺は

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}}^2 \textcolor{red}{\phi_\alpha ({\bf r})}={\hat{\mathcal P}} \phi_\alpha(-{\bf r})=\textcolor{red}{\phi({\bf r})} \end{eqnarray*}


となる。したがって、\alpha^2=1 から \alpha=\pm 1 となる。固有値 \alpha=\pm 1 に対して固有関数 \phi_{\pm }({\bf r}) と書くと、

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} \phi_{+}({\bf r} )&=&+ \phi_{+}({\bf r})\\ {\hat{\mathcal P}} \phi_{-}({\bf r} )&=&- \phi_{-}({\bf r}) \end{eqnarray*}

一方、式(1)より {\hat{\mathcal P}} \phi_{\pm}({\bf r})=\phi_{\pm}(-{\bf r}) の関係を用いて左辺を書き直すと

    \begin{eqnarray*} \phi_{+}(-{\bf r} )&=&+ \phi_{+}({\bf r})\\ \phi_{-}(-{\bf r} )&=&- \phi_{-}({\bf r}) \end{eqnarray*}

これより、\phi_{+}({\bf r}) は偶関数(パリティが偶)、\phi_{-}({\bf r}) は奇関数(パリティが奇)となる。任意の関数はこの2つの \phi_{\pm}({\bf r}) で展開することができ、完全系をなす。



水素原子のハミルトニアンとの交換関係

水素原子のシュレディンガー方程式について、電子の受けるポテンシャルは原子からのクーロンポテンシャルのみで球対称になっている。したがって、ポテンシャルは r=|{\bf r}| の関数であり、角度によらないポテンシャルになる。

直交座標系で書いたハミルトニアンは、

    \begin{eqnarray*} \hat{\mathcal H}&=&-\frac{\hbar^2}{2m}\nabla^2+V(r)\\ &=&-\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)+V(r) \end{eqnarray*}

となる。ここで、空間反転 (x,y,z)\to(-x,-y,-z) について球対称ポテンシャルは以下のように形を変えない。

    \begin{eqnarray*} V(r)=V(\sqrt{x^2+y^2+z^2})&\to& V(r)\\ \end{eqnarray*}

また、\partial_x^2 などの部分について、

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial^2}{\partial x^2}\to\frac{\partial}{\partial (-x)}\left[\frac{\partial}{\partial (-x)}\right]=+\frac{\partial^2}{\partial x^2} \end{eqnarray*}

より、空間反転に対して不変である。したがって、上の \hat{\mathcal H} は空間反転に対して不変である。極座標表示したハミルトニアンでも同様の結果になる。ハミルトニアンが空間反転に対して不変であるので、交換関係は

    \begin{eqnarray*} [{\hat{\mathcal P}},\hat{\mathcal H}]=0 \end{eqnarray*}

となる。




[{\hat{\mathcal P}},\hat{\mathcal H}]=0 を示す。

まず \hat{\mathcal H} の固有関数を \Psi({\bf r}) とする。このとき、\hat{\mathcal H} が空間反転に対して対称なので

    \begin{eqnarray*} \hat{\mathcal H}({\bf r})\Psi({\bf r})&=&E\Psi({\bf r})\\ \hat{\mathcal H}({\bf r})\Psi(-{\bf r})&=&E\Psi(-{\bf r}) \end{eqnarray*}



である。また、{\hat{\mathcal P}} \Psi({\bf r})=\Psi(-{\bf r}) であるため、

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} \hat{\mathcal H} \Psi(-{\bf r})&=&E {\hat{\mathcal P}} \Psi(-{\bf r})\\ &=&E \Psi({\bf r})\\ &=&\hat{\mathcal H} \Psi({\bf r})\\ &=&\hat{\mathcal H} {\hat{\mathcal P}} \Psi(-{\bf r}) \end{eqnarray*}



となり、[{\hat{\mathcal P}},\hat{\mathcal H}]=0 となる。\blacksquare

{\hat{\mathcal P}},\hat{\mathcal H} が交換するため {\hat{\mathcal P}}\hat{\mathcal H}同時固有状態をもつ。\hat{\mathcal H} の固有状態は、水素原子における電子の波動関数 \Psi({\bf r}) であり、動径波動関数 R_{nl}(r)球面調和関数 Y_{lm}(\theta,\phi) の積で表されていた。したがって、\hat{\mathcal H} の固有関数である \Psi_{nlm}({\bf r})=R_{nl}(r)Y_{lm}(\theta,\phi){\hat{\mathcal P}} の固有関数でもある(同時固有状態)。よって

    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} \Psi_{nlm}({\bf r})&=&\alpha \Psi_{nlm}({\bf r})\quad(\alpha=\pm 1) \end{eqnarray*}

となる。波動関数のパリティ(\Psi({\bf r}) が偶関数か奇関数か)によって固有値 \alpha が異なる。あとで示されるように \alpha=(-1)^l であり、パリティは量子数 l のみ依存することがわかる。

ポイント


    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} \Psi_{nlm}({\bf r})&=&(-1)^l \Psi_{nlm}({\bf r}) \end{eqnarray*}


l=0,1,2 に対応する s 軌道、p 軌道、d 軌道はそれぞれ同じ l で指定される球面調和関数 Y_{lm}(\theta,\phi) の線形結合で表される。したがって、上のパリティはそのまま、s,p,d 軌道のパリティに対応する。たとえば、l=0,2s 軌道, d 軌道に対しては偶パリティで、l=1,3p 軌道, f 軌道は奇パリティである。


球面調和関数のパリティ

最後に、\alpha=(-1)^l となることを示す。\Psi_{nlm}({\bf r})=R_{nl}(r)Y_{lm}(\theta,\phi) の空間反転において、r\to r より動径関数 R_{nl}(r) は偶関数となる。これより

    \begin{eqnarray*} Y_{lm}(\theta,\phi)=(-1)^{\frac{m+|m|}{2}}\left(\frac{2l+1}{4\pi}\frac{(l-|m|)!}{(l+|m|)!}\right)^{\frac{1}{2}} P_l^m (\cos\theta) e^{im\phi} \end{eqnarray*}

について \theta\to \pi-\theta,\phi\to \pi+\phi に対する偶奇を調べる。まず、

    \begin{eqnarray*} e^{im(\pi+\phi)}=e^{im\pi}e^{im\phi}=(-1)^m e^{im\phi}\quad\cdots \quad(2) \end{eqnarray*}

となる。次にルジャンドル陪多項式 P_l^m(\cos \theta) について考える。ルジャンドル多項式 P_l(x) はロドリゲスの公式より

    \begin{eqnarray*} P_l(z)=\frac{1}{2^l l!}\frac{d^l}{dz^l}(z^2-1)^l\quad(z\equiv \cos\theta) \end{eqnarray*}


と書ける。P_l(x) を用いて P_l^m(\cos\theta)

    \begin{eqnarray*} P_l^{|m|}(z)&=&(1-z^2)^{\frac{|m|}{2}}\frac{d^{|m|}}{dz^{|m|}}P_l(z)\\ &=&\frac{(1-z^2)^{\frac{|m|}{2}}}{2^l l!}\frac{d^{l+|m|}}{dz^{l+|m|}}(z^2-1)^l\\ \end{eqnarray*}

となる。\cos\theta\to -\cos\theta\,(z\to -z) に対して、

    \begin{eqnarray*} P_l^{|m|}(-z) &=&\frac{(1-(-z)^2)^{\frac{|m|}{2}}}{2^l l!}\frac{d^{l+|m|}}{d(\textcolor{red}{-z})^{l+|m|}}((-z)^2-1)^l\\ &=&\textcolor{red}{(-1)^{l+|m|}}\frac{(1-z^2)^{\frac{|m|}{2}}}{2^l l!}\frac{d^{l+|m|}}{dz^{l+|m|}}(z^2-1)^l\\ &=&\textcolor{red}{(-1)^{l+|m|}}P_l^{|m|}(z) \end{eqnarray*}

となる。この結果と(2)より Y_{lm}(\theta,\phi)\theta\to \pi -\theta,\phi\to \pi+\phi に対して

    \begin{eqnarray*} Y_{lm}(\pi-\theta,\pi+\phi)=(-1)^lY_{lm}(\theta,\phi) \end{eqnarray*}

となる。これより


ポイント


    \begin{eqnarray*} {\hat{\mathcal P}} Y_{lm}(\theta,\phi)=(-1)^l Y_{lm}(\theta,\phi) \end{eqnarray*}




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