フェルミ・ディラック分布関数の導出


 フェルミ・ディラック分布関数(フェルミ分布関数)の導出には、フェルミ粒子の統計性を反映したパウリの排他原理を用いる。 すなわち、「2つの粒子は同一の状態を取らない」という性質を用いて、状態の数を求めていく。 導出するフェルミ分布関数は以下の通りである。

    \begin{eqnarray*}  f(E)=\frac{1}{1+\exp{\left( \frac{E-E_{\rm Fermi}}{k_{\rm B}T} \right)}} \end{eqnarray*}

【参考】ボーズ・アインシュタイン分布関数の導出

フェルミ分布関数の導出

前提:あるエネルギーにある状態の数

 自由電子模型を例にすると、シュレディンガー方程式からエネルギー固有値は

    \begin{eqnarray*} E=\frac{\hbar^2}{2m}\bfk^2=\frac{\hbar^2}{2m}(k_x^2+k_y^2+k_z^2) \end{eqnarray*}

 で与えられていた。 このとき、同じエネルギー値をとる状態は複数通りあることがわかる。 要するに、\bfk^2 の値が同じでも、(k_x,k_y,k_z) の組はいくつかある。

 また、パウリの排他原理によると、2つの電子が同一の状態にあることはない。 スピンを \sigma=\uparrow,\downarrow で区別すると、状態 (k_x,k_y,k_z,\sigma) にある電子の数は0か1(占有か非占有か)である。

状態の数を求める

 離散化されたエネルギー準位を、エネルギーの低い順に E_i (i=0,1,2,\cdots) とする。 そこで、あるエネルギー E_i にある状態数 Z_i とし、そのうち N_i (\leq Z_i) 個の状態が占有されているとする。 このとき、「占有のしかたの総数 w_i」を求めよう。

 図のように、w_i を求める問題は組み合わせの問題である。 (Z_i 個の座席に、人を N_i 個だけ着席させた状態の総数)

    \begin{eqnarray*} w_i= _{Z_i}\hspace{-0.8mm}C_{N_i} =\frac{Z_i!}{(Z_i - N_i)!(N_i)!} \quad \blacksquare \end{eqnarray*}


 これが i 番目のエネルギーにある状態数である。 i についての総乗が、全てのエネルギーを考えたときの「占有のしかたの総数 W」 である。

    \begin{eqnarray*} W=\Pi_i w_i=\Pi_i\, _{Z_i}\hspace{-0.8mm}C_{N_i} =\Pi_i \frac{Z_i!}{(Z_i - N_i)!(N_i)!} \end{eqnarray*}


エントロピーを最大にする

 総数 W がわかるとボルツマンの原理よりエントロピー S がわかる。

    \begin{eqnarray*} S=k_{\rm B} \ln W \end{eqnarray*}

 ここで、k_{\rm B} はボルツマン定数である。 熱力学によると、系が熱平衡状態にあるときエントロピー S最大になる(非平衡であれば S は増大する)。 \ln は単調増加関数であるため、S を最大化するためには \ln W (あるいは W) を最大化すれば良い。


* 何の条件もなかったら総数 W を大きくするためには、とにかくエネルギーを大きく、座席の数 (Z_i) を増やしまくれば良い。 そして、着席させる人の数 (N_i) も増やしていけば良い。しかし、これは現実的ではない。 そこで、全エネルギーを固定し、粒子数を一定にするという条件が必要になる。 つまり、次に示すような束縛条件のもと、\ln W を最大化していく。

** Z_i が一定のとき、w_iN_i の関数とみると上に凸の関数になる。 たとえば、6個の座席に対して、N_i=0,1,2,3,4,5,6 として w_i を計算してみると良い(_6C_3 が一番大きい)。


ラグランジュの未定乗数法を用いる

 全粒子数 N 一定、全エネルギー E 一定の条件

    \begin{eqnarray*} \begin{cases} N=\sum_i N_i\\ E=\sum_i N_i E_i \end{cases} \end{eqnarray*}

を課して、\ln W を最大化する。 そのためにラグランジュの未定乗数法で求めていく。

 2つのラグランジュの未定乗数を \alpha,\beta と置いて、

    \begin{eqnarray*} F(\alpha,\beta,N_i)=\ln W +\alpha(N-\sum_i N_i )+\beta(E-\sum_i N_i E_i) \end{eqnarray*}

を最大にする。

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial F(\alpha,\beta,N_i)}{\partial N_i}=0 \quad \cdots (1) \end{eqnarray*}

N_i に関して上に凸の関数であるため、この条件で最大値を求めることができる。


 ここで、スターリングの公式を用いて \ln W を近似しておく。

ポイント

スターリングの公式は以下の通りである。Nが十分大きい時、

    \begin{eqnarray*} \ln N! \simeq N\ln N - N \end{eqnarray*}

と近似できる。

 これを用いて \ln W を簡単にする。

    \begin{eqnarray*} \ln W&=&\ln \left[\Pi_i \frac{Z_i!}{(Z_i - N_i)!(N_i)!}\right]\\ &=&\sum_i \ln\left[\frac{Z_i!}{(Z_i - N_i)!(N_i)!}\right]\\ &\textcolor{red}{\simeq}&\sum_i\left[Z_i\ln Z_i \cancel{-Z_i} - (Z_i-N_i)\ln (Z_i-N_i) + \cancel{(Z_i-N_i)} -N_i \ln N_i + \cancel{N_i}\right]\\ &=&\sum_i\left[Z_i\ln Z_i - (Z_i-N_i)\ln (Z_i-N_i) -N_i \ln N_i\right] \end{eqnarray*}

 したがって、式(1)の偏微分は

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial F(\alpha,\beta,N_i)}{\partial N_i} &=& \frac{\partial \ln W}{N_i} - \alpha\frac{\partial \sum_i N_i}{\partial N_i} -\beta\frac{\partial \sum_i N_i E_i}{\partial N_i}\\ &=& \ln(Z_i-N_i)\cancel{-1} - \ln N_i - \cancel{1} -\alpha -\beta E_i\\ &=&\ln \frac{Z_i-N_i}{N_i} - \alpha -\beta E_i \end{eqnarray*}

(\alpha,\beta の項の偏微分の計算については補足に記載^{[1]})

 よって、

    \begin{eqnarray*} &&\ln\frac{Z_i-N_i}{N_i}=\alpha+\beta E_i\\ \Leftrightarrow \quad && \frac{Z_i}{N_i}=1+\exp\left(\alpha+\beta E_i\right)\\ \Leftrightarrow \quad && \frac{N_i}{Z_i}= \frac{1}{1+\exp\left(\alpha+\beta E_i\right)} \end{eqnarray*}

となる。これは考えているエネルギー E_i にある状態数 Z_i に対して、粒子数 N_i だけ占有している場合の確率を表す

  E_i連続変数として扱えば、

    \begin{eqnarray*} f(E)=\frac{1}{1+\exp\left(\alpha+\beta E\right)}\quad \cdots (2) \end{eqnarray*}

がフェルミ分布関数となる。 あとは、ラグランジュの未定乗数であった \alpha,\beta が何者であるか、である。


補足[1]: N_i に関する偏微分のところを簡単に書いておく。

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial \sum_i N_i E_i}{\partial N_i} \end{eqnarray*}

について、\sum_i における i はダミーであるので、本当は

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial \sum_j N_j E_j}{\partial N_i} \end{eqnarray*}

とすべきであった。そうすると、

    \begin{eqnarray*} \sum_j N_j E_j &=& N_0 E_0 + N_1 E_1 + \cdots + N_i E_i + \cdots \end{eqnarray*}

であるため、

    \begin{eqnarray*} \frac{\partial \sum_j N_j E_j}{\partial N_i} = E_i \end{eqnarray*}

になる。


熱力学の式から乗数を求める

 熱力学で現れる関係式から、ラグランジュの未定乗数 \alpha,\beta を求める。 エントロピーを S、内部エネルギーを U=E=\sum_i E_i N_i、化学ポテンシャルを \mu、粒子数を N とすると、

    \begin{eqnarray*} T dS = dU + pdV - \mu dN \quad \cdots (3) \end{eqnarray*}

の関係がある。体積一定とすると、

    \begin{eqnarray*} T dS = dE - \mu dN \quad \cdots (3)' \end{eqnarray*}

である。

 一方、F(\alpha,\beta,N_i)の N_i に対する変分をゼロとして、

    \begin{eqnarray*} &&\delta F(\alpha,\beta,N_i)=\delta\left( \ln W - \alpha \sum_i N_i - \beta \sum_i N_i E_i \right)=0\\ \Leftrightarrow \quad&& \delta\left(\frac{S}{k_{\rm B}}-\alpha N - \beta E\right)\\ &&(\because \ln W =\frac{S}{k_{\rm B}},\, N=\sum_i N_i,\, E=\sum_i N_i E_i) \end{eqnarray*}

となる(N,E は一定なので消えている)。 これを TdS= の形に書くと、

    \begin{eqnarray*} T dS = \textcolor{red}{\alpha k_{\rm B}T} dN + \textcolor{red}{\beta k_{\rm B}T} dE \end{eqnarray*}

となる。式(3)’と比較すると、

    \begin{eqnarray*} \begin{cases} \alpha = \frac{-\mu}{k_{\rm B}T}\\ \beta = \frac{1}{k_{\rm B}T} \end{cases} \end{eqnarray*}

となる。

 この\alpha,\beta を用いて、式(2)からフェルミ分布関数がわかる。

    \begin{eqnarray*} f(E)=\frac{1}{1+\exp{\left( \frac{E-E_{\rm Fermi}}{k_{\rm B}T} \right)}} \end{eqnarray*}

 ここでは \mu ではなく、温度に依存するフェルミエネルギー E_{\rm Fermi}\equiv E_{\rm Fermi}(T) で表している。




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