水素原子のエネルギー、ボーア半径、原子単位など


必要な前期量子論の知識

ボーアの量子化条件

 電子の波長 \lambda と軌道半径 r の間に

    \begin{eqnarray*} n\lambda = 2\pi r \end{eqnarray*}

の関係があるとする。ここで n=1,2,3,\cdots のような正の整数である。

 量子化されている量はとびとびの値をとることである。 波長 \lambda は上のような条件を満たす必要があり、量子化されているという。

 上の量子化条件はボーアの量子化条件と呼ばれている。下の図はこの条件のイメージになる。


ド・ブロイの関係式

 ところで、上の式は電子の波長 \lambda によって書かれている。 つまり、電子を「波動」として捉えているのである。

 光が「粒子」と「波動」(波)の二重性を持つのと同様に、「粒子」であると考えられていた電子も「波動」としての性質を持つことが知られている。 さらにはあらゆる「粒子」として扱われているものには、「波」としての性質をもつと考えられている。

 粒子の性質である運動量 p と、波の性質である波長 \lambda の間にはド・ブロイの関係式

    \begin{eqnarray*} p=\frac{h}{\lambda} \end{eqnarray*}

がある。この関係式は、量子論を代表する式で、粒子と波を結ぶ重要な関係式となっている。h はプランク定数であり、量子論でいつも出てくる。

 ド・ブロイの式を用いると、ボーアの量子化条件を p(=mv) で書くことができる。波長 \lambda の代わりに、電子の速度 v や運動量 p= で書くと

    \begin{eqnarray*} mvr=n\hbar=n\cdot\frac{h}{2\pi} \end{eqnarray*}

あるいは

    \begin{eqnarray*} pr=n\hbar=n\cdot\frac{h}{2\pi} \end{eqnarray*}

となる。\hbar=\frac{h}{2\pi} はディラック定数などと呼ばれる定数である(単なるプランク定数を 2\pi で割ったものである)。


水素原子

 水素原子は +e の電荷をもつ原子核と -e の電荷をもつ電子で構成されている。このような水素原子において、電子の軌道がどのようになっているかを考え、対応する軌道半径やエネルギーを求めていこう。

計算のコツ

 大したことではないが、ボーアの量子化条件を変形した

    \begin{eqnarray*} mv=p=\frac{n\hbar}{r} \end{eqnarray*}

の形を代入する場面があるので、式変形のときは mvp が出てくるように変形していくと計算しやすい。


軌道半径

 図のように軌道半径を r とする。 電子はこの軌道を円運動しているとすると、古典力学の範囲で力の釣り合いの式を立てることができる。

 この電子に働く力としては、「原子からのクーロン力」と「遠心力」のみである。それぞれ、

 クーロン力(\varepsilon_0は真空の誘電率):

    \begin{eqnarray*} \frac{e^2}{4\pi\varepsilon}\frac{1}{r^2} \end{eqnarray*}


遠心力:

    \begin{eqnarray*} m\frac{v^2}{r} \end{eqnarray*}

が釣り合うので、

    \begin{eqnarray*} \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r^2} &=&m\frac{v^2}{r}\\ &=&\frac{(mv)^2}{m}\\ &=&\frac{\textcolor{red}{p}^2}{mr}\\ &=&\textcolor{red}{\frac{{n^2\hbar^2}}{r^2}}\cdot\frac{1}{r^2}\\ &=&\frac{n^2\hbar^2}{mr^3} \end{eqnarray*}

である。途中 mv=p として、ボーアの量子化条件mv=\frac{n\hbar}{r} を使いやすい形にしている。最後の式を r について解くと

    \begin{eqnarray*} r_n\equiv r&=&\frac{4\pi\varepsilon_0}{e^2}\cdot\frac{n^2\hbar^2}{m}\\ &=&\frac{4\pi\varepsilon_0\hbar^2}{me^2}\,n^2 \quad\blacksquare\\ \Bigg(&=&\frac{\varepsilon_0 h^2}{2\pi m e^2} \, n^2\Bigg) \end{eqnarray*}

を得る(\hbar=h/2\pi により h で表したものも括弧に書いておく)。 n が整数で、n^2 の係数に含まれる \varepsilon_0,m,e は定数になるので、r は量子化されている。


 このごちゃごちゃした係数(つまり r_1)の値を

    \begin{eqnarray*} a_0\equiv r_1 &=& \frac{4\pi\varepsilon_0 \hbar^2}{me^2} \end{eqnarray*}

と書き、a_0 をボーア半径と呼ぶ。a_0 の大きさは 5.29\times10^{-11} [m] = 0.529 \AA である。


* \AA(オングストローム)は、原子レベルの小さいスケールを扱うのに便利である。a_0 を距離の単位にとる原子単位系もよく使われる。これは、地球と太陽の距離をau (天文単位)とするのと似ている。

 結局、軌道半径 r_n

    \begin{eqnarray*} r_n=a_0 n^2 \end{eqnarray*}

のように量子化されている。


量子化されたエネルギー

 先ほどの図で、軌道半径が r_n の場合の軌道エネルギー E_n を求める。速さ v で円運動する電子の運動エネルギー \frac{1}{2}mv^2 とクーロンポテンシャル(静電ポテンシャル)\textcolor{red}{-}\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r} (引力なので負)の和を計算すれば良い。

 運動エネルギーを、さきほどのr_n が出てくる形に式変形する。

 さきほどの力の釣り合いの式から、

    \begin{eqnarray*} \frac{mv^2}{r}=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r^2}\Rightarrow mv^2=\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r} \end{eqnarray*}

の形を作っておく。したがって、軌道エネルギー E_n

    \begin{eqnarray*} E_n&=&\frac{1}{2}mv^2\textcolor{red}{-}\frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r_n}\\ &=&\textcolor{red}{+}\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r_n}\textcolor{red}{-} \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r_n}\\ &=&\textcolor{red}{-}\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0}\frac{1}{r_n} \end{eqnarray*}

となる^{[*]}。 よって、さきほどの r_n の形を代入して

    \begin{eqnarray*} E_n&=&\textcolor{red}{-}\frac{e^2}{8\pi\varepsilon_0} \left(\frac{me^2}{4\pi\varepsilon_0\hbar^2}\right)\frac{1}{n^2}\\ &=& \textcolor{red}{-}\frac{me^4}{32\pi^2\varepsilon_0^2\hbar^2}\frac{1}{n^2}\quad\blacksquare\\ \Bigg(&=&{\textcolor{red}{-}}\frac{me^4}{8\varepsilon_0^2h^2}\frac{1}{n^2}\Bigg) \end{eqnarray*}

 軌道半径 r_n のときと同じく、軌道エネルギー E_n も正数 n によって量子化されている。ただし、n^2 に反比例したエネルギーになっていることに注意する。(エネルギーが負になっているのはクーロンポテンシャルが0となる点を無限遠(r\to\infty)にとっていることによる。)

 ボーア半径 a_0 と同じく、1/n^2 の係数のごちゃごちゃした部分

    \begin{eqnarray*} R\equiv \frac{me^4}{32\pi^2\varepsilon_0^2\hbar^2} \end{eqnarray*}

をリドベルグ(リュードベリ)定数と呼ぶ。R=13.605 eVは、a_0=0.529 \AA と同様に覚えておく。

 Rを用いて水素原子の電子の軌道エネルギーを

    \begin{eqnarray*} E_n=-R\frac{1}{n^2} \end{eqnarray*}

と書ける。


[*] 2つの項をまとめる前の式で立ち止まってほしい。この式の第一項は運動エネルギーによる寄与で、第二項はクーロンポテンシャルによるエネルギーへの寄与である。クーロンポテンシャルが半径 r が小さくなるほど、大きくなるのは正電荷と負電荷が近づくためである。一方で運動エネルギーに関しては、mvr=n\hbar により半径が小さいほど、電子は大きな v を持ち、不確定性原理が反映されている。


軌道エネルギー(原子単位系)

 原子単位系(ハートリー単位系)は

    \begin{eqnarray*} R&\to&\frac{1}{2}\\ m&\to&1\\ e&\to&1\\ a_0&\to&1\\ \hbar&\to&1 \end{eqnarray*}

とした単位系である^{[*]}。これにより物理量を簡単な形で書くことができ、上で見てきたような文字だらけにならなくて済む。その反面、何の単位を扱っているかわかりにくくなることもあるので注意する。

原子単位系で上で求めた軌道エネルギーを書くと

    \begin{eqnarray*} E_n=-\frac{1}{2}\frac{1}{n^2} \end{eqnarray*}

のようなシンプル表式になる。 ついでに軌道半径も原子単位系で

    \begin{eqnarray*} r_n=n^2 \end{eqnarray*}

となる。


[*] リドベルグ定数 R は、a_0=\hbar=m=e=1 ととると自動的に 1/2 となる。つまり

    \begin{eqnarray*} a_0=\frac{4\pi\varepsilon_0 \hbar^2}{me^2}\to 1 \end{eqnarray*}

より、

    \begin{eqnarray*} 4\pi\varepsilon_0 \to 1 \end{eqnarray*}

である。よって

    \begin{eqnarray*} R&=&\frac{me^4}{32\pi^2\varepsilon_0^2 \hbar^2}\\ &=&\frac{me^4}{2(4\pi\varepsilon_0)^2 \hbar^2}\\ &\to&\frac{1}{2} \end{eqnarray*}

となる。

[**] 慣れないうちは、原子単位系を無理に使おうとしないで、\hbar などを書いおいた方が安心である。ただし、教科書によっては原子単位系が使われているため、ハミルトニアンが -\frac{1}{2}\nabla^2 でもびっくりしないこと。




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